前略。ああああああああああ‼　それと奴隷もイージーモードだった。

　なぜだ‼

『ドキドキ魔王城探検☆ミ』のはずが、なぜ人外レベルな化け物を発見するハメになった‼

　私はサッちゃんの襟元つかんで涙ながらに怒鳴った。

「どこが奴隷部屋なんですか！　大勢の奴隷がいるんじゃなかったんですか⁉」

「『今も』いるとは一言も言ってない」

「叙述トリックやってんじゃないですよ‼　も、もしかして、以前いた奴隷は皆――？」

　ゾッとしたが、サッちゃんはあっさり首を左右に振った。

「多くの奴隷を飢えさせるってのは、それだけ食料が回らないってことだろ？

　運営的には非効率だし、常に反乱の危険を城内に抱えることになる。

　それなら解放した方が、お互い良いじゃーん――と代替わりしたときに俺は思ったね」

『じゃーん』って、そんな簡単に行くもんなの……？

　ザン王子はというと、手作りのチェアに座って刺繍ししゅうセットを取り出してた。

　あ……ああああ！　あっという間に、優しい図柄の花のハンカチが‼

　まるでミシンの動きのような高速ぶりだった。

「ただ、人間と戦ってるという体面上、無条件解放は出来ない。

　だから俺は奴隷解放と引き換えに、人間の王族から交代要員を出してもらうことにした」

「その際、なぜか私にご指名がありました。二度と戻れないかもしれないと言われました。

　ですが囚われた民たちの悲惨な境遇を聞き、大勢の民が私一人の命で救われるならと喜んで参りました」

　普通に会話に加わるザン王子。話ながら刺繍ししゅうして、何で手が全く乱れないの！

　そして何気に人格者だ、この人‼

「何千人という奴隷の命に見合うだけの人質だ。戦争の際は真っ先に拷問処刑される運命でもある」

　魔王はふっふっふっと笑う。

　……いざそのときが来ても、適当にごまかして、こっそり裏口から逃がしてそうだなあ、サッちゃんさん。

「つまり奴隷はこの人一人なんですね？　この部屋が『最も劣悪な奴隷部屋』って言ってたじゃないですか。他の奴隷部屋は？」

「今、奴隷部屋一つしかないし。他は皆、物置か倉庫になってるし。一つだから最悪でも最良でもあり――」

「トンチか‼」

　すると王子は糸切りハサミでパチンと仕上げをし、ハンカチを裏表にして出来上がりを確認していた。

　え。ウソ！　こんな短時間で出来ちゃったの⁉

　王子はフッと笑い、

「そういうわけです。私は奴隷の枷をさせられ、昼も夜も無く奴隷労働に勤しんでいるわけです――あ、これ、お近づきの印に。フェンリルの姫君の健やかなる成長を願って」

　おおう……パステルカラーの花が刺繍された可愛らしいハンカチが……。

「あとその奴隷の枷かせ、する必要ないってサッちゃんさん言ってましたが」

　まあ枷かせというか、犬の首輪みたいなやつだ。

「これ魔王さんが作ってくれたもので、そんなに重くないんですよ。

　魔晶石ゲルマニウムが入ってるから、肩こり予防にいいし」

　……実はちょっと気に入ってるだろ。

「でも昼も夜も無く働かせるのは、ひどくないですか？」

　ハンカチを大事にしまいながら、サッちゃんさんに抗議すると。

「いや、止めろって言っても勝手にハンドメイドやってるんだよ、ザン君」

「…………マジッすか？」

「だって千人の奴隷との交換だったし、一応王子なんで何かあるまで死なれちゃ困るだろ？」

　ボソッとサッちゃん。

　意味も無く前髪をかき上げるザン王子。

「ここに来たとき『三食は支給するから、適当にのんびりしててねー』と言われたんです。

　でも一日中、寝てるだけじゃヒマで。それで魔王さんにお願いして材料を用意してもらって、ハンクラを始めまして」

　サラッとハンクラとか言うなや。あと人質甘やかしすぎでしょ、サッちゃんさん。

「それで、これですか」

　私はカントリー感あふれる部屋を見回した。サッちゃんさんは上下逆さまに浮きながら、

「作らせてるだけじゃなく、一応売ってる。結構バカ売れ」

「いやあ、お恥ずかしい」

　めっさ嬉しそうなザン王子。

「ただザン君の作業時間が、以前の奴隷労働時間とほとんど変わらないどころか、かなり多いんだよ。

　鐘鳴らして休憩時間や食事時間教えてるけど……」と魔王さん。

　奴隷の過労死を心配する魔王。あの鐘は『働け、奴隷共！』ではなく『ちゃんと休んだ？』の意味だったのか。

「え、ええと。『飯もほとんどやってない』って言ったでしょ！　それはさすがに――」

「向こうに奴の家庭菜園があるけど、見るか？」

「あああああああ……」

　私はおののき、頭を抱えてうずくまった。しかしザン王子はキラッと歯をきらめかせ、

「魔王さんには感謝しています。生国では私のしていることは、男子のすることでは無いとムチで叩かれ禁止されました。

　人質に決まったときも『恥ずべき厄介者がやっといなくなる』と喜ばれたくらいです。

　ですがここでは、やればやるだけ褒められる……以前、ここで苦しんだ兵達には申し訳なく思いますが、この奴隷部屋は私には天国です」

「天才チート……」

　他にこの男を表現する言葉が見当たらない。

　全ての女性が切望するスキル、家事チートだ、この男‼

　だが王子は恥ずかしそうに、

「汗水流して畑をたがやす民の苦労に比べれば、私のやっていることはただの道楽です。

　この程度、材料と時間があれば、誰でも出来ることです」

「ぐはぁ……‼」

　謙虚な言葉にトドメをさされ、私は床（あったかふんわりパッチワークラグ）の上に倒れ込む。

「フェンリルの姫君⁉　あ、よろしければ真のお姿になったときのサイズをお聞きしたいのですが……寒さの厳しい時期にお召しになる衣装を作らせていただきたく――」

「話しかけないで下さい……私は……私は……」

「うんうん。悪かった。ちょっと笑いを狙ったつもりだったんだけどな。

　そろそろ行こうか、子フェンリルちゃん」

　私をずるずる引きずっていくサッちゃんさんであった。

　…………

　恐ろしい場所だった。危うくハンクラの波に呑み込まれ、死亡するところだった。

　下水の匂いのするダンジョンの一角で、私はサッちゃんさんを見上げた。

「あ、あ、あれ、あれは何なんですか。本当に人間なんですか⁉」

　見事であった。ペインティングから刺繍、透かし彫りに至るまで、デザインの華やかさと精緻せいちさは、それだけで食っていけるレベル。

　しかし、それだけ専門で一日を過ごしているのならまだしも、他にDIYに家庭菜園、料理、恐らく掃除も全て完璧にこなしている。

「うん、恐ろしいだろ、子フェンリルちゃん。なぜ奴の才能が故郷の連中に全く理解されなかったのか、俺にはサッパリ分からない。

　あいつの作品を試しにmi🌕neに出したらあっという間にランキングに乗ってフォロワーが大量についてさあ。

　挙げ句に企業からタイアップのお誘いが来たり、他の作家から『このレベルの作品をこんな低価格で売られては迷惑です』という謎のクレームまで来たり」

　……ツッコミは止めよう。つか人の作品で金稼ぐなよ。

　なるほど。ザン王子が魔王に気安い理由が分かった。

　ずっと馬鹿にされてきた自分の趣味を、あそこまで高く評価されたら、敵対感情も緩んじゃうよね。

　民を思ういい王子様なのに、趣味がちょっと変わってるだけで冷たく扱われる。

　剣が好きなだけで『女のくせに』と父に冷淡に扱われたルアレイティアさんといい、この世界にもハードモードはちゃんとあるんだな。

「だが、あれを魔王城で保護してるのは、ハンクラで俺のスマホ通信費を稼がせるだけが目的じゃない」

「へえ、何なんですか？――と言うと思ったか‼　

　異世界のスマホ代をどう払ってるか謎だったけど、そんな死ぬほどどうでもいいネタバレは聞きたくなかったわ‼」

　ザン王子は楽しそうだったが本当にこれでいいのか……。

　いやだからこその人質であり、奴隷なのか！　王子の理不尽な扱いに涙するわたくしであった。

「人間の世界には二人のチートがいる。一人が戦闘に特化した勇者。もう一人が家事に特化したザン君だ。

　勇者と王子なら今後、接点が生まれないとも限らない。手を組まれたら厄介だからな」

　いや、家事チートと戦闘チートが手を組んでどうなるっての‼

　ツッコミたかったが、『勇者』という単語は引っかかった。

　前第五魔王さんを倒した人だ。

「勇者のチートは格が違う。あいつは世界にたった一人、前世を完璧に記憶したレベルカンストのチート勇者だからな」

　うおおおおお‼　前世では冴えないサラリーマンだったけど➰という奴か⁉

　知識チート兼業じゃないっすか‼

　フェンリルさんは強い。でも魔王サオムイルグスはフェンリルさんより強いという。

　そしてその魔王と対等に渡り合う勇者……私も、いずれ会うのだろうか。

「もうじき戦争が始まる。勇者が俺の討伐のため動き出すんだ」

「戦争、ですか……本当に？」

　ゴクッと唾を飲む。

「うん。昨日あいつの実家に本を買いに行ったとき、店番やってた本人がそう言ってた」

　だから、何でシリアスに終わらせられないんだ、この人は‼