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60화

ㅇㅇ(211.54) 2022.01.08 05:39:28
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子フェンリル、おうちに帰る9

 前回のあらすじ:フェンリルさんを振ってやった! ざまぁ‼


 ずいぶんと間が開いた気もするが、まあ気のせいだ。うむ!

 惚れられて召喚されたはずのわたくしだが、当のフェンリルさんからはぞんざいな扱いを受けっぱなしだった。

 なので『どういうことだ、こんちくしょー!』とついにブチ切れた私。

 皆の前で婚約破棄宣言をしたのであった。


 …………


 ん……よく寝たぁ……。


 何だか重い物が乗ってる気がして目を覚ます。

 な、何だ? 身体中に悪霊が取り憑いているかのようなこの重苦しい感じは!

 私が雌フェンリルの巨体で身じろぎすると、

「んん➰」「姫君➰」「光ファイバーまんじゅう➰」「もふふ➰」

 うおあ‼ 道理で重いわけだ‼ 皆が私にしがみついたまま寝てるよ‼

 皆、復興作業中に疲れて、私にすがるように寝落ちしてしまったのだ。


 動かなくて良かった。何人か振り落としたり潰したりするとこだった。デカい身体も考え物だ。

 しかし、いくら暖を求めてといっても数が多すぎじゃないか。

 前にこういうの動画で見たなあ。ゴールデンレトリバーにすがりつくヒヨコたちの群れ、みたいなやつ。

 あんな感じで皆が私にすがって寝てる。勇者台風一過とはいえ、第五魔王城が臨時宿泊施設に無料開放されてるし、テントも配られてるのに。


 うーん……。


 お腹や尻尾にうもれてる人、足に頭を乗っけてる人、背中に乗ってる人……頭に乗ってる剛の者も居るが、振り落とすぞ!

 その数、ざっと数十人。私ってすごくね?

 でも毛皮の下でモゾモゾされて落ち着かないなあ。


 …………。


 今さらだがさっき『光ファイバーまんじゅう』って言った奴‼

 分かってるぞ! 声(だけ)は覚えたからな、ポエム使用人‼

 つか、何で剣と魔法の世界の魔族が光ファイバー知ってるんだよ! いったいいつどこの生まれなんだあんた‼


 ……コホン。落ち着こう自分。奴への制裁はいずれたっぷり行わせてもらおう。

 今は動けない。


 それにしても、成体雌フェンリルさんも素直にじっとしてるなあ。

『理性の私』がどうにか手綱を握ってるとは言え、雌フェンリルはプライドがめっぽう高い。

 暖房扱いは絶対嫌だろうと思ったのに。


 でも彼女も普段からお高く止まってるわけではないようだ。

 無心になって自分にすがりついてくる人に弱いっぽい。

 暖を求め、自分の毛皮に埋もれる小さい存在を、ちょっといじらしく思ってるようだ。

 母性本能ってやつなのかな。もしくは高位魔族なりの寛大さなのかも。

 私は距離を感じてた雌フェンリルさんを少し好きになった。


 ……いや私なんだけどね! 雌フェンリルさんも内なる私なんだけど‼


『…………』


 ん? 雌フェンリルの喉から凶暴なうなり声がもれた。

 彼女がとあることに気づいたのだ。


 フェンリルさん‼ 何でちゃっかり私の背中にアゴ乗っけとんねん‼

 どうりで重いわけだ。重さの主原因、こいつだよ‼


 …………


 前回。私はフェンリルさんに婚約破棄宣言をして、その場にいた全員の賛同を得た。

 フェンリルさんも今までの冷たい扱いの自覚があるのか、すごすごと去って行った。

 ざまぁ。


 なのに、見苦しく私にまとわりついてきやがる‼

 雌フェンリルさんも、民への慈愛の気持ちが、ふがいない雄への怒りに取って替わる。

 彼女も彼女で、雌を前に尻尾を向けた雄を、すでに『不適格』と見なしている。

 ふ。子フェンリルちゃんも雌フェンリルさんも私の味方‼

 地に落ちた私の好感度が回復することなどあり得ぬ‼


 もう私は、生涯、誇り高き一匹フェンリルを貫くのである!


『…………』


 しかし起きないなあ、この巨大畜生。あ、いや、今は私も巨大畜生なんだけどね。

 すがりついてる皆も、なかなか肝が据わってるのか雌フェンリルのうなり声程度では起きやしない。


 ちなみにココリスは首毛という、なかなかいいポジションで爆睡していた。

 前足の上で寝ているのは、魔王サッちゃんさんである。

『…………』

 この人も何か腹立つなあ。

 奴は昨日、のらりくらりと仕事から逃げ、何もかもフェンリルさんに任せてスマホに夢中だったのだ。

 日本ならトップにあるまじきことと、更迭待ったなしだが、そこはゆるゆるな第五魔王領。


『仕方ないなあ、あの魔王様は』

『ほっとけよ。やる気になっても邪魔なだけなんだから』 


 皆、焼け跡を片付けながら苦笑していたっけ。

 魔王様は勇者とちゃんと戦って役目を果たした。領土は焼け野原だが、驚くべきことにこれで死者ゼロらしい。

 しかも私という公爵閣下の婚約者を救助して戻った。

 なのでお咎め無しっぽい。


 ん。フェンリルさんが背中で身じろぎした。やっと起きるかと思いきや、鼻を鳴らしてまた寝てしまった。

 雌フェンリルさんの喉から獰猛なうなり声が漏れる。

 でもやっぱり誰も起きないのであった。


『…………』


 私は皆の寝息を聞きながら、フェンリルさんのことを考えた。


 あの後――私がフェンリルさんをフッた後のことだ。





「ちょっとちょっと、子フェンリルちゃん。いいかな」

 夕ご飯の炊き出しのとき魔王サッちゃんさんは私を呼び出した。


 …………


 公爵邸から少し離れた場所、焚き火のそばでスマホをいじりながら、三流魔王は言った。


「あいつからの伝言。『今までの非礼を許し、どうかまた仲良くして欲しい』だってさ」

『はっ』


 私は生肉にかぶりつきながら、鼻で笑ってやった。


『ムシが良すぎますよ。病気なこと言って人を呼び寄せて、でもその後は放置か執着かの二択。

 もうついていけませんし、疲れましたよ。何なんですか、公爵閣下は』


 すると魔王はスマホ画面に顔を向けながらも、目だけでチラッと私を見た。


「だとよ。珍しくお前から頼んできたのに願いを叶えてやれず悪いな」

『えっ』


 びっくりした。全く気配が無かった。私は雌フェンリルの姿のまま、慌てて周囲を探った。

 煙やススの匂いで気づかなかった。同族が近くにいる!


 そしてガサッと音がして……フェンリルさんが茂みから姿を現した。


 巨大畜生ではない。人型だ。


 でも疲れ果てている。

 そりゃそうだよね。再会したときもお疲れだったが、それもそのはず。


 フェンリルさんは勇者戦から今まで、ずーっとずーっと働き通しだったのだ。


 もともと高位魔族で無理のきく身体だ。どれだけ休んでいないか?

 二十徹三十連勤。しかも寝られた日も、長くて睡眠一、二時間という状況だったらしい。

 ちなみにサッちゃんさんも似たような状況らしいが、こっちは全く表に出してない。

 すごいな高位魔族。いずれ私もこんな超絶ブラック勤務を強要されるのであろうか。ドキドキ。


 フェンリルさんは困ったところも多いが、すごい人なのだ。実感ゼロなんだけど。


 だが今はさすがに限界近い気がする。

 私のこともあって、さらに憔悴してるんだろう。

 ど、同情なんてしないからね?


「……私の姫」

「じゃ、お二人ともごゆっくり。俺は寝るから。おやすみー」

「あ、ちょっと! サッちゃんさん‼」

 仲裁役はゴメンだとばかりに逃げる魔王。行かないでよ‼

 あのときは勢いで婚約破棄しちゃったけど、気まずいでしょうが‼


「…………」


 そして私たちはしばらく沈黙し。

 最初に言葉を発したのはフェンリルさん、いや公爵閣下であった。

 ふ、ふん。人型だからってビビらないよ? どんなに謝られたって婚約の話は二度と――。


「婚約解消の件、承った。今まであなたを傷つけ苦しめ、すまなかった」


 へ?


「……全ては私の未熟さだ。昔の面影を追い求め、もしかしたら思い出してくれるのではと一片の期待を抱き、現実を受け入れられず、結果としてあなたの心を踏みにじった。向き合うことさえしなかった」


 前世設定(妄想)って面倒くさいなあ。未だにそこらへんについては何一つ教えてくれないし。

 そういや他の領土では病気扱いだったな、フェンリルさん。

 人型だと多少まともに見えるから最近じゃ時々忘却の彼方だったわ。


「私の姫。あなたはあなただ。私に囚われず、好きに生きるがいい。今まで本当にすまなかった」


 と、私に深々と頭を下げた。そして切なそうに笑って背を向けた。


 私は茫然自失してその姿を見……見……。


『言われなくてもそうするわ、ボケがぁ‼!』

「――――っ‼」


 雌フェンリルの怒りの一撃を受け、悪の公爵閣下は夜空に吹っ飛んだのだった☆


 かくて勇者は去り、私はフェンリルさんと結婚しなくても良くなったのだった。


 子フェンリルは結婚から逃げ出した‼


 ☆――HAPPY END――☆




 ……いや、いいのか? 未だに附に落ちない点が多いんだけど。



 さて、時系列は現在に戻る。もう日も昇った。いい加減に動きたいんだけど。


「皆さん‼ 起きて下さい‼ 炊き出しが来ましたよー‼」


 あ。お友達の令嬢ちゃんAだ‼ 大きな配膳台を引っ張ってきてる。

 あなたも魔王城に避難してたんだね。無事で良かったー‼

 尻尾を振ると、令嬢ちゃんAと目が合った。

「あ、公爵閣下。おはようございま――いやでも白……え? 二匹? え? え?……もしかしてフェンリルの姫君?」

 雌フェンリルさんは、優雅に尻尾を振ってうなずいた。

 令嬢Aちゃんは巨大もふもふをしばらく見上げ――。


「はう」

 令嬢Aちゃーん‼ 気絶したー‼ ちょ、ちょっと‼


「無理もございません。初心者にはレベルが高すぎたのでしょう」

「この程度で意識喪失なさるとは、風上にもおけませんね」

 と、令嬢Aちゃんを抱き起こしたのはメイドのデアリーテとロンドリー。ご飯とあって、皆もぞもぞと雌フェンリルから離れだしている。

 ……いったい何の初心者。何の風上なんすか。


『で、公爵閣下。いい加減離れていただけませんか?』


 皆が離れた中、一人だけくっついてる公爵閣下に、私は迷惑がって言った。

 しかしフェンリルさんは離れない。ちょっとオドオドしてる感じだけど、離れたがらない。


 その煮え切らない態度に、ふと嫌な予感を覚えた。 

 もしかして、婚約破棄を素直に受け入れたのは『別れる』とかではなく『一からやり直す』ことにしただけでは……。


 加えてよく考えれば、婚約破棄をした瞬間、私たちは『大人』と『身寄り無しの幼児』の関係になっちゃうんですが!

 そして何より――私は公爵邸の居候いそうろう‼


『私、居候? ココリス並みになったってこと⁉』


 失ったものの大きさ! ショックを受けていると。


「何かディスられてる気もしますが……あと、あんたは元々居候でしょうが」

 首毛からすさーっと下りてくる陰険眼鏡。

 彼は寝癖をなでつけながら、私の鼻面をポンポンと馴れ馴れしく叩き、


「勝手に連れてきたのはロキ先輩なんだ。あんたは馬鹿なことを気にせず、堂々としていれば――うわあああ‼」


 陰険眼鏡、雌フェンリルに吹っ飛ばされて宙を舞った。きらりと星が光る。


「だんだんロキに似てきたわねえ。これは今まで以上に厳しくしつけさせていただかないと」


 イナリア先生がビシッとムチを叩く音。

 そして無言のまま、相変わらず私から離れないフェンリルさん。

 倒れてる令嬢ちゃんに介抱してるデアリーテたち。ふわふわ浮いてる役立たず魔王。

 バージェス先生も来た。先生もご無事で良かった➰。看護助手のエルニエッタさんを連れ、血相を変えて私の方に走ってくる。


 にぎやかだ。にぎやかで本当に嬉しい。雌フェンリルは尻尾を振って起き上がった。



 そういうわけで、以前と変わったけど以前と変わらない、異世界の日常が戻ったのであった。



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